くすりばこ

人類は愚かなものです 特に俺

であることを意味していますよね?

「この世に、意味のないものというのは存在すると思うかい?」

東京の隅、廃墟と見まがうレベルのオンボロアパートの一室。そこにカードゲームを指先で弄る初老の男が一人。その手元には、七十二柱の名を冠するカードがずらり。

男はこれまたアパートにあるまじき小奇麗な格好であり、正直…いやかなり浮いていた。少なくとも。昭和感ただよう木造建築にスーツで決めた英国紳士がいれば誰だってそう思うだろう。

「しないと思いますよ。仮に悪とか不健全を無価値と断じるなら…」

教授とかそうじゃないですか、と返すのはワイシャツにスカート、袖口の大きな改造ブレザーといういでたちの女。豊満な胸をはじめとしたボディラインがくっきりと出ているが、特に気に留める様子もない。

「そんなことないだろう!いいかネ、ヴィランというものはそれだけで一定以上のファンが存在するんだ!ましてや私をや!!!」

英国紳士にしては妙に日本語に堪能な気もするが、ともかく教授と呼ばれた男は憤慨する。

「まるであの男が人気のあるような言い方じゃないか。いくらBBくんといえどダディ怒っちゃうぞ」

「いや逆にどうしてあなたの方が人気だと思ったんですか。無価値だといったのは謝りますけど」

対するブレザーボイン…もといBBもあっさりと切って捨てた。

「いいですか?物語というのは主役あってこそなんです。悪役、ライバル、ヒロインだって例外じゃありません。そのすべてが噛み合うことで物語は紡がれるんです」

ほらワイルドマックスですよ、とカードゲームを進めるBB。ウェバリスでブロックね、とあっさり返す教授。二人の攻防はまだまだ終わりそうにない。

「だがそれだけがただ一つの構造でない事は自明のはずだ。主人公が存在しなくても回る物語というのは確かに存在している。そもそもストーリー作りが下手なら異物が紛れ込むなんてよくある話サ」

したがって…と、教授は自身のカードたちに≪ペテルギウス・ファイナルキャノン≫を重ねる。2+2+3など思考の間すら必要ない。

「私は『ないわけではない』と結論付けた。少なくとも物語という舞台においてはネ」

チェックメイト。BBのリソースはすべて剥がされた。逆転の目は万に一つも存在しない。少なくとも教授はそうだと確信していた。

カードプールを広く見れば、ここから逆転につなげるカードは”ないわけではない”だろう。しかし、目の前のBBという人物が、そんな不確かなものを勘定に入れるわけが…

「おっキューブ出ましたよ」

なかったはずなのだ。

「BBちゃんはちょっと違うと思います。誰かが無意味だと切り捨てたものに縋った人が、その誰かを打倒しうる。そんなことだってあったんですよ。今の私には…あの頃捨てていたものも、素敵で有益なものに思えます」

デッキトップをめくり、場に叩きつける。それはまさしく、この状況を打開しうる最善の一枚…

「どんなにズタボロにされても諦めないこと、とかね」

≪アルカクラウン≫!教授にとどめを刺しきれる打点が、今ここにそろったのだ!

「価値観は画一のものでなく、故に誰もが別のものに価値を見出しうる。日本にもそんな言葉がありましたね。確か…『ステルス機あれば広い紙あり』」

捨てる神あれば拾う神あり。

「無理なキャラ付けしなくていいから…!」

究極神と超絶神と究極神と超絶神、あとワイルドマックスがフィールドに並んだ。教授は実際じゃあくであった、だが考えて頂きたい。ここまでされる謂れは無い!

「確かに無駄なものなんて幾らでもあるでしょう。だからといって、誰かが愛したそれを、自分の気持ちだけで奪ってしまうなんて正しいことじゃありません」

叩きつける!叩きつける!叩きつける!もはや教授を守るシールドも、クリーチャーさえもそこには存在していない。

「まあ私が楽しかったらやりますけどね!!!!!!」

ルカクラウンの拳が教授をとらえた!決着ッ!

「ぐわああああああ馬鹿なァァァァァッ!!!」

老紳士は断末魔の叫びとともに床に倒れ伏した!

かくして悪の大教授はBBちゃんによって破られ、東京には平和が戻ったのです!めでたしめでたし!

 

「…気は済んだかネ?」

むくりと起き上がる教授。Xオルタもアイスクリームを食べ終わったようだ。

「なら、そろそろ立香くんを探しに行こうか」

「そうですね」

「お腹がすきました」

かくして、悪の大教授と邪悪なる電脳魔、そして食いしん坊の暗黒卿は根城を飛び出し、まだ暑さの残る九月の東京へと消えていったのである。